2025/7/4<テクニカ・ゼン>CEO寺川貴也が注目するNEWS TOPIC

【日本のAIガバナンスの現在地】

早いもので2025年も半年が過ぎました。人はどんな環境にも慣れるといいますが、アメリカのトランプ大統領の言動にも「まだやっている」程度の感覚しか抱かなくなりました。もっとも、その裏で人の生き死にや国の隆盛が左右されるのですから、恐ろしい話です。トランプ大統領を見ていて滑稽なのは、選挙活動で「ディープステイト」という陰謀論をちらつかせていた彼が、「トランプは単なる飾りでしかない」とメディアで指摘され、トランプ政権を動かす「重要な人物」の特集が組まれ始めていることです。表に出ている政治家は飾りに過ぎず、裏にすべてを操っている「首謀者」が存在するというロジックは、ディープステイトのロジックそのものです 。そんなことは気にならない政権の様子に、組織とは理屈を超越するものだと改めて感じます。

 権力を、暴走させないために考え出されたのが「ガバナンス」です。アメリカはガバナンス大国ですが、残念ながらアメリカの「ガバナンス」にはトランプ氏のような存在を止める力はなさそうです。実は、莫大な権力をもつ存在が君臨し、権力者にNoと言えなくなった瞬間、「ガバナンス」は機能を失います。日本テレビの日枝氏や第二次大戦時の日本の軍部もそうでした。健全な組織であるためには、Noといえる空気がとても大切です。

 それにしても、独裁者の横暴を止めることができない「ガバナンス」に意味があるのかと疑いたくなります。それでも、世の中を見回すと独裁者が「出にくくする」ためのツールとして、他に代わるものはなさそうです。ガバナンスは民主主義と同じで、他のどの制度よりも「まだまし」だから採用する類のもののような気がします。決して魔法の杖ではありません。

 先日、APACAIガバナンスをテーマに、私のAIの先生であるMerve Hickokさん、友人のシンガポールの専門家であるDarren Grayson Chngさん、私の3名でIAPPのウェビナーを行いました。テーマはOECDAI原則やUNESCOが提唱したAIの倫理、G7で採択された広島プロトコル、ASEAN によるAIガバナンスとAI倫理のガイダンス等幅広いフレームワークや政策の紹介と、実践状況についてのパネルディスカッションです。私は日本のAIガバナンスについて紹介したので、その内容を少しここで書きます。

 日本は「世界で最もAIフレンドリーな国になる」という国家目標の下、AI倫理やAIガバナンスの議論を進めてきました。その結果、著作権法はAIのトレーニングを比較的自由に行えるように改正され、2025年6月に成立したAI推進法では企業に行政への「協力義務」を課すのみで罰則を導入しませんでした。並行して経産省と総務省は「AI事業者ガイドライン」を制定し、AISIが改訂を進めながら事業者の自主的な「ガバナンス」の取り組みを泥縄式に促す、というのが日本のAI関連政策の大枠です。緩く輪郭を与えよう、という感じでしょうか。

 日本の企業はこのような環境の中、独自の倫理規範を採用したり、独自のガイドラインを準備しながらAIの利用方法を模索しています。AIをどう利用すればレピュテーションリスクを顕在化することなく事業に活かせるのかはまだ手探りです。先進的な企業ではAIを利用することを従業員のKPIに含めることでAI活用を強力に推進しようとしています。ただ、大多数の事業者は「翻訳」や「会議の要約、議事録作成」程度の活用にとどまっているようです。自然、日本では「ガバナンス」の必要性はまだ高まっていません。AIの利用方法について方向が定まり始めると「ガバナンス」の必要性が認識されるようになるのでしょう。

日本でのAIガバナンスはとても難しいものがあります。例えば、日本には消費者団体が顕著な形で活動していません。「消費者団体」というとどこかネガティブな印象を持たれるのも日本の特徴です。このような状況ではAIガバナンスにおける「ステークホルダ分析」は十分機能しないことが予想されます。その結果、「コンセンサス」(空気)をベースとしたグレーなリスク評価が浸透していく可能性があります。

 また、法規制が緩く罰則がないため、企業はあえてAIの管理に力を入れようとしないでしょう。取引関係でAI管理を求められた際の対策として、ISO42001の認証取得が普及する可能性はあります。しかし、必要がなければあえて動かないのが企業の合理性です。その結果、「なんとなくAIの安全性やリスクを気にしている」という状況が常態化するかもしれません。

 国内に限って言えば、これはAI活用の上で快適なビジネス環境です。しかし、グローバル企業にとっては、国内の環境ゆえに経営陣が方向性を見失う可能性もあります。EUやアメリカの一部の州のように厳格なAIガバナンス法を有している国の要件が何を求めているのか、理解に苦しむからです。普段日本で感じている空気と欧米の国々が求める権利保護の空気の差は、文化や制度に根差すため、容易に理解できません。これがグローバルビジネスの難しいところではないかと思います。

 同じような状況は情報セキュリティやデータプライバシーでも繰り広げられてきました。AIについては新しい展開になってほしいと願っています。希望を見出すとすれば、日本企業もグローバルビジネスにこなれてきたため、コンプライアンス対応への意識の水準も以前から比べると変化していることがあります。アジアの枠を超えて、世界で自由にビジネスを展開するためにも、戦略的にコンプライアンス対応を行ってもらえたらと思います。



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